庄内川と新川 (5/2)
- 公開日
- 2011/05/02
- 更新日
- 2011/05/02
校長室の窓
地域を知ろう 3
昔、大治町は海であったということを話しました。では、なぜ、家や田畑がある土地になったのでしょうか?人間が埋め立てたのでしょうか。・・・川が土砂を運び埋め立てていったのです。大治町の東を流れる「庄内川」は、はん濫を繰り返し、少しずつ埋め立てられ、島ができました。だから、大治町には島の地名が多く残っています。「沖の島」「島井」「福島」「中島」「馬島」「北間島」などです。
江戸時代になり、はん濫や洪水を治めようとして、庄内川のとなりに「新川」を掘ったのです。「新川」は、人間の手で掘られた川なのです。だから、「新川」は、まっすぐです。
昔の人の苦労や熱意には、すごいものがありますね。そのおかげで、「大きく治める(大治)」ことができたのですね。